今週のお題「卒業」
今年の1月7日から、はてなブログ " ずっとヴィーガン暮らし " を始めました。
正直ブログに興味があったわけではありません。むしろ個人の日記を不特定多数の人に公開するってどうなのかな、と思っていました。(完全に時代遅れ💦)
それに私の私生活なんて別に面白いものでもないから、自分がブログを始めるなんて夢にも思っていませんでした。
ただ、ずっと生きづらかったんですよね。
皆さんは自分がマイノリティで生きづらいと感じたことはありますか?
私は40年ぐらい前からずっとヴィーガンで、(その頃はヴィーガンなんて言葉はなかったけど) いわゆる玄米菜食ですね、マクロビオティックもまだ「マクロビ」なんて略して言わなかった頃からずっと食のマイノリティとして生きてきました。
学生の頃は、いつも豆乳飲んでる変な人扱い。その頃豆乳なんて、紀文の豆乳しかなかったんですよ。でも今思うと、あっただけでもすごいな、先見の明があったんですね、紀文さん。今やすっかり豆乳文化も定着しているので。その頃、玄米食べて豆乳飲んでるような人は、完全に変わっている、宗教か何か?というぐらい少数派だったんです。
私はスーパーで赤みがかった肉のトレイが並んでいる肉売り場を通るのも嫌で、ましてや家の冷蔵庫に肉が入っているだけでもかなりのストレスなんですよ。(結婚してからはそんな状態が続きましたが) やっぱり結構変わっているでしょうか?
そんな私にとって人とのつきあいが一番大変でした。食事の場ってすごく大切じゃないですか。サークル活動でも、社会人になってからも。そのつきあいを壊さないためには自分が我慢する以外方法がなかった。自分がヴィーガンということを隠して、お肉を呑み込むしかなかった。
そんな生活が長く、長く続きました。
生きる基本である食に関して、外ではいつも自分を偽っていたので、帰宅してからは自己嫌悪で「なんでいつも自分に正直に生きられないんだろう」と悩みました。
ここ10年ぐらいでしょうか。マクロビやローフードの人気が少しずつ高まってきて、ベジタリアンの人も増えてきました。私も「お肉はちょっと苦手なんです」ぐらいは言えるようになってきました。でも自分がいることで、まわりが気を遣ってお肉の店を選ばなかったりすると、やっぱり黙っていればよかったと、申し訳なさでいっぱいになったりしました。一人で青山辺りのヴィーガンカフェとか行って、孤独な一人ヴィーガンをしていました。
とにかく一度、堂々と「ヴィーガン」と言ってみたかったんです。現実世界では難しいので、ブログ名を敢えて「ずっとヴィーガン暮らし」にして、今までの体験を書いてみようかなと思いました。
ブログを始めてみたらびっくり。ヴィーガンの人がたくさんいるじゃないですか(#^^#)それも私のような単に食がヴィーガンというだけではなくて、環境問題に取り組んでいたり、動物愛護問題を真剣に考えている方たちが大勢。私なんて恥ずかしいぐらいでした。そしてこんな私にもコメントをくださる方々がいらして、本当に感謝感謝です。
そして世界を見れば、もうヴィーガンの大きなうねりが日本に到着するのも時間の問題というくらい、ヴィーガン人口が増え続けていることを知りました。
私がヴィーガンということを人前で言えなかったのは、ひたすら自分の日常生活を波立たせずに生きようとしていただけで、単に勇気がなくて自己防衛していただけだと気づきました。ヴィーガンのうねりの外に立ち、何もせずに生きづらいと勝手に感じていただけだったのです。

一人ヴィーガンを卒業することにしました。
これからは世界的なヴィーガンのうねりの端っこでもいいから、その中に立ち、ブログを書くことで他の方たちとつながっていけたらと思います。
現実の世界では、ヴィーガンの友達はまだ一人もいませんが。