今週のお題「最近やっと〇〇しました」
大学生の時、教育実習の課題に宮沢賢治の「永訣の朝」を選んだ。家で何度も何度も、そらんじるほど練習し、高校生たちの前で感情を最大限込めながら朗読した。若さゆえの完全なひとりよがり。よくもそんな恥ずかしいことができたなと、今思い出しても赤面ものだ。
実習を終え高揚していた私は、いつかきっと賢治さんの故郷へ旅してみたいと強く思った。思ったはずなのに、気がついたらあれからもう数十年。このままでは行かないまま人生が終わってしまうと、やっと重い腰を上げて、念願の岩手への旅に出ることにした。
まっさきに訪れたのが花巻市にある①「宮沢賢治記念館」だ。自然豊かな森の中を登って行くと「よだかの星彫刻碑」が迎えてくれた。

こちらが正面玄関、入り口にいるのはもしかして「猫の事務所」の?なんだかワクワクしてきた。

多様な活動をした賢治の世界観、宇宙観を理解するのは容易ではないが、少しでもその心象風景に近づけるようにと展示は工夫が凝らされ、「科学」「芸術」「宙(そら)」「祈」「農」の5つのテーマごとに見事にまとめられていた。圧巻だった。
館内は写真撮影も許可されていた。まず目に留まったのが、やはり「永訣の朝」だ。これが自筆原稿なのか。最愛の妹を失った後、どんな気持ちで書いたのか、大学生の私にわかるはずがないのだと改めて思った。

子どもの頃から「石っ子賢さん」と呼ばれたぐらい鉱物に関心をもっていた賢治。「賢治の故郷で、彼の金槌の洗礼を受けなかった岩はなかった」と言われている。そんな賢治作品に登場するさまざまな鉱石が紹介されていた。

私がいちばんびっくりしたのは、自作の教材だ。絵も細部にわたって細かく描かれている。本当に才能あふれるマルチな人だったんだなぁ。愛用のセロ(チェロ)の展示もあったし、作詞作曲もしていた。

記念館を後にし、すぐ隣の②「ポランの広場」へと降りて行く。賢治のデザインした花壇や、童話にちなんだオブジェなどが点在していて楽しかった。それにしても広い。

見晴らしもよく、ゆっくり歩きたいところだが、とにかく暑くて暑くて早くもヘロヘロに。やはり室内がいいと③「宮沢賢治イーハトーブ館」へ駆け込んだ。
こちらは本や資料などが豊富で、じっくり学びたい人にぴったりの場所だ。グッズなどのお土産も充実していて、ミーハーの私は文具などをいっぱい買ってしまった。
次に訪れたのはすぐ近くにある④「宮沢賢治童話村」だ。「銀河ステーション」の駅をくぐると広大な敷地の中に「賢治の学校」「賢治の教室」「ふくろうの小路」「山野草園」などがあり、童話の世界を体験できるファンタジックなしかけがたくさん用意されていた。
敷地内のあちこちに賢治の作品のモチーフがあって、見つけるのも楽しい。
「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど、構わない。もうじき白鳥の停車場だから」(「銀河鉄道の夜」より)

そろそろお腹が空いてきたのでお昼にしよう。目的地は⑤「山猫軒」だ。「注文の多い料理店」をモチーフにしたレストランということだけど、注文は普通にこちらがしてもいいんでしょうね。

郷土料理のすいとんをいただいた。とても美味しかった。店内には原作の一文があちこちに飾られていて、思わず笑ってしまった。「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい」
①から⑤までは近くにまとまっていたので回りやすかった。次はいよいよ⑥「イギリス海岸」だ。私は昨年から朝日カルチャーセンターのオンライン講座で、小森陽一先生の「宮沢賢治の世界」を受講しているが、6月の課題作品はちょうど「イギリス海岸」だった。ばっちり勉強済み!
賢治が花巻農学校教員時代に、生徒たちを連れて校外学習でよく訪れていた北上川の川岸。当時は青白い泥石が広く露出していて「全くもうイギリスあたりの白亜の海岸を歩いているような気がするのでした」と、ここを「イギリス海岸」と名付けた。

しかし、決して気分だけで名付けたわけではなく、地質学に詳しい賢治は、堆積の様子からここがかつて海岸だった根拠を、作品のなかでかなり詳しく説明している。
小森先生は賢治の元生徒さんたちにインタビューしたそうだが、当時の賢治先生の熱い語り口や身振り手振りまで、皆さんよく覚えていたそうだ。手作りの教材と言い、本当に熱心ないい先生だったんだろうな。
今はダムによって水位が安定し、河床が低下したため、当時のような泥石の露出は見えなくなっている。川がゆっくり流れ、鳥の声も聞こえて、とても気持ちのいいところだった。

次に向かったのは⑦「雨ニモマケズ詩碑」で、なかなか見つけられずに迷ってしまい大変だった。
農学校を30歳で退職した賢治は、ここに羅須地人協会を設立し理想の実現に挑んだ。詩碑は没後3年目(昭和11年)に教え子たちをはじめ多くの人々の協力で建てられたそうだ。揮毫は高村光太郎。

すぐ側にはこの詩碑の説明と、あの有名な文字が。

さて、暑い中だいぶあちこち回って、少し休みたくなった。次に目指すのは、旧橋本家別邸である⑧「茶寮かだん」だ。以前NHKの「ふるカフェ系ハルさんの休日」という番組で「賢治が設計した花壇のあるカフェ」と紹介していたのを見て、いつか行きたいなと思った。まさに今そこに来たなんて、夢のよう。
緑色の瓦が印象的な、とても趣のある門をくぐると玄関だ。

100年ほど前には賢治も腰かけたという縁側で、お抹茶と和菓子のセットをいただいた。ブラタモリも来たそうで、写真が飾ってあった。
ここ旧橋本家別邸は、賢治の親戚である喜助が病弱な夫人のために建てたもので、賢治は花が好きだった夫人へのお見舞いに花壇を設計したそうだ。賢治が最後に手掛けた造園で、当時の素材のまま残る唯一の花壇と言われている。

坂を活かして、色とりどりの花が段々に植えられていた。当時「緑御殿」と呼ばれていたそうで、緑の瓦がモダンで素敵だ。

旅だから時間が限られているのは仕方ない。花巻はここが見納め、最後に賢治関連の雑貨がそろう⑨「林風舎」を訪れた。
賢治の弟である宮沢清六さんのお孫さんがオーナーだそうだ。なんて素敵な外観なんでしょう。賢治の作品によく出てくるフクロウがいっぱい、ステンドグラスまで。

1階は賢治オリジナルグッズや作品をモチーフにした商品がたくさん並んでいて、2階はカフェになっていた。「グスコーブドリの伝記」から名付けられたケーキがあると聞いたけど、さすがにさっきお抹茶セットをいただいたばかりだったので、カフェには寄らなかった。
思い残すことがないようにと、怒涛の勢いで行きたい所は全て回った。でも本当はもっとイギリス海岸でゆっくりして、賢治さんと生徒さんたちの会話を想像したり、ゆかりのカフェで未読の作品をじっくり読んだり、花巻の街をのんびり歩いたりしてみたかったなぁ。さすがにそれは欲張りというものか。
とにかく無事に花巻の一日が終わってよかった。盛岡・遠野編に続きます。