今週のお題「絵本」
子どもの時にくり返し読んだ絵本、親になって読み聞かせのために求めた絵本、どれもすばらしく今でも心に残っているが、大人になってから自分のために選んだ絵本はやはり特別な想いがある。
ある時期、私は「秘密の花園」を始め、植物が出てくる物語や絵本を好んで読んでいた。薬草について学んでいる最中だったので、人間と植物の関係が物語ではどのように描かれているのか興味があったのだ。
今回ご紹介するのは、その頃に出合った「かたくりのワンピース」という絵本だ。表紙の絵が何とも言えず素敵で、その色遣いや少女の持つ儚げな雰囲気に引き込まれ、読む前から自分にとって特別なものになる予感がした。
あらすじを簡単にご紹介しよう。
町はずれの山の麓にある小さな仕立て屋。若い主人がいつも一人で古いミシンをカタカタと踏んでいる。ある日、彼は道にかたくりの花が落ちているのを見つける。
踏まれたらかわいそうじゃないか
花を拾ってコップに挿して、自分の店のショーウインドーに飾ってあるワンピースの横に置いた。かたくりの花は下を向いていて、店の前を通る人たちにお辞儀をしているみたいだった。
(なるほど、花が下を向いていてお辞儀をしているみたいですね)
夜、トントンとドアを叩く音がする。そこには女の子が恥ずかしそうに立っていた。
明日の夜までにこれで窓に飾ってあるワンピースとおんなじものを作ってもらえませんか
女の子が持ってきたのは、紫がかった薄紅色の生地で、ふんわりあたたかく、おひさまを生地にしたような肌触り。仕立て屋は夢中で一晩中ミシンを踏み続け、まるでかたくりの花で作ったようなワンピースができあがった。
取りに来た女の子は仕立て代を持っていなかった。その代わりにと薄紅色の糸を渡し「これではぎれを縫い合わせてみてください」と言った。
そして「来年も春になったらおんなじワンピースを作ってくださいね」と仕立て屋にお願いし、彼も「いいですよ」と約束した。
仕立て屋がはぎれをその糸で縫ってみると、切っても切っても元通りになる不思議な生地になることがわかった。そしてその生地で作ったワンピースは娘たちの間で評判になった。
あのワンピースを着ると、お花畑の中で自分がお花の精になった夢がみられるんだって
次々と注文が入り、仕立て屋はあっという間にお金持ちになった。
ここまで読むと「あれ、鶴の恩返し的なストーリーなのかな」と思うのだが、ここからは人間の強欲さ、愚かさが描かれる。道に落ちていたかたくりの花を「踏まれたらかわいそうじゃないか」と拾ってコップに挿した、優しい仕立て屋はすっかり変わってしまうのだ。
翌年の春、また女の子がやってきた。仕立て屋の顔をみると古くからの友達のように笑い「またワンピース、作ってもらえますか」と言った。すっかり金持ちになった仕立て屋は、こんなみすぼらしい店を畳んで街中に移ろうと考えていたので、女の子を相手にしない。
突然やってきて、そんなこと言われても困るな。こんどは仕立て代ぐらいもっているのかい?
(あらら、ちゃんと約束したのに、金持ちになったら忘れちゃってます。誰のおかげで不思議な生地が手に入ったのか)
女の子はびっくりしたように首をふり、悲しい目をして、くるりと背を向け去って行ってしまう。
案の定、一瞬ですっかり魔法が溶けて、翌日からは大変なことに。金儲けのために作ったワンピースは、やれボタンが取れた、ほつれた、洗ったら色が落ちたとクレームの嵐で、悪い評判が街中に広がり、もう誰もワンピースを注文する人はいなくなってしまった。もっとも、あの美しい生地も消えてどこにもないのだが。
心にぽっかり穴が空いた仕立て屋は「せめて生地がもう一着分あれば、あの女の子に今度こそ心を込めてワンピースを作るのだけど」と思う。
大切なものは失ってから気づくものだ。一瞬で壊れてしまい、もう元には戻らない。優しい色合いで描かれている絵と対比するように、仕立て屋のどうしようもない後悔が伝わって来る。
外の山の麓を見て、仕立て屋はあっと声をあげる。かたくりの花がいっぱい咲いていたのだ。まるではぎれが落ちているように。そこで初めて、女の子の正体に気づくのだった。
ストーリーはシンプルでとても分かりやすいお話だが、何よりこの絵本の持つ淡い色合い、少し暗めのトーンが非日常の幻想的なお話の世界にいざなってくれる。また、変わっていく仕立て屋の心模様が、なにか生地に織り込まれていくグラデーションように繊細に描かれ、心に残る一冊になった。
この「かたくり」について調べてみると、かつては球茎から片栗粉が作られ、江戸時代は食用だけでなく薬用にも使われていたそうだ。しかしかたくりから作られるでん粉はとても少量で、今ではじゃがいもから片栗粉が作られるようになったということだ。
かたくりは種から7年でようやく花が咲き、春を告げる山の妖精として多くの登山家に愛されているらしい。別名「スプリング・エフェメラル(はかない命)」と言われ、早春のごく短い期間に花を咲かせるだけで、幻のように姿を消してしまうという。絵本の少女がとても儚げに見えたのは、かたくりの花のイメージそのものだったのだと納得した。