ずっとヴィーガン暮らし

自分が正直になれる場所として思いのままを綴ります

ハーブゼリーと断食のお茶

いつも飲んでいるハーブティーでゼリーを作ってみました❣

 

うちには昔買ったお菓子作りの道具が結構あるんですよ。しかも一回も使ってなかったりする・・・何かにハマると買い集める習性があって、その頃は消費生活にどっぷりつかっていたんだなと呆れてしまいます。

 

さすがに今はそんなことはありませんが、断捨離する前にせめて自分で買った物は責任をもって、とことん使おうと思っています。

 

ハート型とバラ型がある。なんでこんな甘い雰囲気の型を買ったのかなぁ。バラ型なんて使いづらそう😢

 

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ハート型・・・エルダーフラワー、カレンデュラオレンジピール各大さじ1で濃いめのハーブティーを入れ、寒天と作り置きのオレンジの酵素シロップで少し甘味をつけました。

 

バラ型・・・ハイビスカス、ローズヒップ、ローズレッド各大さじ1で、こちらも同様に濃いめのティーを入れ、寒天、ラズベリー酵素シロップで甘味をつけました。

 

バラ型の方は案の定、プッチンする時に少しはがれてしまいました。やれやれ。でも眠っていた型が日の目を見てやっぱりうれしい。過去の自分の無駄買いが無駄のまま終わらないように、これからたくさん使います(#^^#)

 

そしてお茶はヒルデガルトのファスティングティー(断食のお茶)を選んでみました。

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ドイツ語で書かれているので、なにが入っているのかさっぱりわからない。たぶんフェンネル、ネトル、カレンデュラ、ローズ、あとは不明です😢

 

今はファスティングブームで、月曜断食とか酵素断食、ジュースクレンズなどの本がたくさん出ていますね。私も以前は、夫が長期出張の時を利用して3日間のジュースクレンズをよくやっていました。大体小松菜・りんご系、人参・オレンジ系、時には梨と蓮根とか、スイカと大葉とかをジューサーで絞って飲む。1回はアーモンドなどのナッツミルク系をご褒美(美味しいので)で飲んで、とにかく液体だけで3日間過ごします。

 

でも普段からベジ生活だからか、「すっきり冴える」「エネルギーが湧いてくる」なんて断食効果もなく、どこかが悪くなるという好転反応もなく、体重がちょっと減るくらい。今は無理してジュースクレンズをする必要は感じていません。むしろ小食のほうにシフトかな。

 

薬草学の母と言われるヒルデガルトが述べたファスティングは、体・心・魂に働きかけるもので、食事のことに限らず、寄付をする、ネガティブなことを言わないなど生活の場面に関連づけて行うことのようです。(「聖ヒルデガルトのヒーリングレシピ」より)

 

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ハーブティーを基調にしたゼリーなので甘くなく、美味しかったですよ💛
ハートの方はエルダーフラワーのちょっとマスカットのような香りで、バラの方はローズヒップの酸味が効いていてスッキリ味でした。

 

今「ヒルデガルトファミリエ」というところで、ドイツの植物療法を勉強中です。日本でのセミナーやドイツからのズームセミナーに参加したりしています。

 

retoriro.hateblo.jp

 

ヒルデガルトのお茶を飲んでいたら、心はいつしか中世ドイツへタイムスリップ。いつかヒルデガルト修道院をゆっくり訪れたいです。「いつか、いつかと言っているだけでは結局行けない」と言う人もいるけれど、自分的にはまだ時期尚早。もっともっと勉強して機が熟したら、そのときは迷わず出発するつもりです。

 

 

批判しない、押しつけない、線引きしない

多様な価値観が存在する今の世の中

 

誰かの発信にSNS等で共感の波が一気に広がることもあれば、批判の嵐が巻き起こることもあります。

 

そんなつもりはなくても、つい自分と価値観が違う人を批判的にみたり、自分の価値観を押しつけようとしたり、価値観の違う人を線引きして締め出してしまったり。そんなことはありませんか?

 

私もスーパーにマイバックを持って来ない人を見て「意識が低い人が多いな」(私も忘れることある)お肉をいっぱい買っている人を見て「そのお肉を減らして野菜をいっぱい食べたほうが健康にも環境にもいいのに」(余計なお世話)なんて思ってる自分に気づくことがあります。

 

自分の意見をきちんと述べる、それはとても大切なことですが、その後の姿勢がもっと大切な気がします。

 

今日のブログのタイトルは、私がその考え方に大変共感し、影響を受けている稲葉耶季さんの本のタイトルをまねしたものです。

 

 稲葉さんは元々裁判官でしたが、沖縄が気に入り琉球大学の教授になり、その後また沖縄で裁判官として定年まで働きました。その間インドに「ヒマラヤ稲葉学校」を設立したり、全国で瞑想会を開いたりとさまざまな活動をされていましたが、2018年に75歳で亡くなりました。

 

ちなみに「食べない人たち」マキノ出版)という本の中に登場する「不思議な I 先生」がこの稲葉氏です。稲葉氏は5ヶ月間、不食(食べ物を食べずにプラーナで生きる)を体験した後「まだ時期尚早」と考えて一日一食の超小食に戻したそうです。

 

私との共通点は

ヴィーガンであること
ホメオパシーを勉強していること

この本の「食べない」「死なない」については省略しますが、「争わない」について少しご紹介したいと思います。

 

キーワードは「花は花以外のものでできている」ベトナムの高僧の言葉)

 

花が花であるためには、水や土やバクテリア、雨、雨を降らせる雲、太陽の光など様々なものの力が必要です。人間も同じで相互に依存しながら存在している。

私は私以外のものでできています。あなたはあなた以外のものでできています。(中略)

自分は自分以外のものでできているから、生きているものはお互いを大事にして、循環しながら命がつながっていく世界を保つことが、いちばん幸せで安心です。

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 稲葉氏は裁判官をしていたので、裁判所という「争いや憎しみの渦中」にいて、そんな負の波動にさらされて疲れてしまうこともあったそうです。

 

そうした経験から、日常生活でも「自由に生き、かつ争わない」を貫いてきたそうです。そのコツは「あなたのお考えはそうですか。あなたはそういう人なのですねえ」と受け入れること。そしてどんなに自分が正しいと思うことでも、相手と衝突しそうになったら「一定のところでサッと引く」ことも大切だと述べています。相手を説き伏せようとしないこと。

 

私も争いは嫌いですが、どちらかと言うと典型的な日本人タイプ。自己主張せずに相手に合わせて争いを避けることが多かったです。その反動からか、家庭では自己主張全開で(笑)

「なんでそういうことするかな?」と相手を批判し
「そういう時はこうすべきでしょう」と自分の考えを押しつけ
「ああ、もうまったく理解できない」と境界線を引く

 

家庭内でもこの始末なのに、外の世界でできるかどうかわかりませんが、やっぱり「自由に生き、かつ争わない」をモットーに生きていけたらいいなと思います。だって自然界はいつだってあるがまま、自然界にジャッジはない、もともとニュートラルな調和の世界なのですから。

 

 

 

ヴィーガン人生は百人百様⁉

何度か書きましたが、ヴィーガン暮らしが長いわりには、まわりにヴィーガンの友達も知り合いもいません😢

 

雑誌Veggyにはおしゃれなヴィーガンの人がたくさん登場するのに・・・
世界中でヴィーガン人口が確実に増えてきているのに・・・

 

なぜ私のまわりにはヴィーガンの人がいないのかしら?
それもそのはず、自分が今まで何も発信して来なかったから。

 

類は友を呼ぶ
求めよ、さらば与えられん・・・でしたっけ?

 

こんなインタビューを見つけました。ヴィーガンになった人たち13人が登場し、その理由やきっかけについて語っています。エピソード1~11は各人のインタビューが3分~5分たっぷりあって私は全部見ましたが、ここにご紹介したエピソード12は総まとめ編で短くまとめられています。

  


ベジタイムTV ベジタリアンやヴィーガンの紹介 Portraits of Vegans and Vegetarians

 

国籍も、年齢も、職業も、ヴィーガンになったきっかけも、みんなそれぞれ違う。でも基本的なところは、やっぱり平和な世界、共存できる社会を求めてそれぞれ自分の場所で自分の活動をしている。

 

なんか素敵だなと感じました。私がいつも雑誌で見ていたヴィーガンの人たちは、有名な俳優さんやモデルさん、または有名な活動家だったりして、すごく遠くの人たちでした。ホアキン・フェニックスしかり。こういう人たちが世界を変えて行くんだなと思っていました。

 

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でもここに登場する人たちは、みんな普通の一般人。ヨガの先生、旅行を企画する人、大学生、整体師、ミュージシャン、レストランオーナーetc.

 

ヴィーガン歴も長い人、短い人がいる。元々お肉が嫌いだった人もいれば、お肉が大好きだった人もいる。なかには「ベジタリアン」という言葉が大嫌いだったのに、今はヴィーガンになって環境問題を扱う一人芝居の活動をしている人もいて。

 

ヴィーガンになったきっかけは、みんな違う。ある人は健康問題から、ある人はパートナーがヴィーガンだったから、ある人は日本の漫画を読んで、ある人は動物のドキュメンタリーを見て、ある人はヨガのために。

 

ある大学生は17歳の時、車に何度も轢かれた猫の死体を見てショックを受け、

こんなふうに死んでいく動物はどれくらいいるんだろうと思い保健所で殺処分される猫が年間67,000匹もいることを知り屠殺される豚や牛について調べて日本では一日で65,000頭の豚が殺されることもあると知り畜産動物の悲劇を知った

 

彼は「肉が大好きで、肉を食べていた自分の17年間を許せなかった。次の日からきっぱり食べるのをやめた」と語っていました。あまりの純粋さに驚きました。なにもそこまで自分を否定しなくてもいいと思いますが。

 

こんなに多様な人生の背景があって、一人ひとりの物語があるんだなと感動しました。

 

そして未来に向かっての考え方も、当たり前ですがそれぞれ温度差がありました。ヴィーガンを普及させたいと正面から頑張っている人もいる。

 

でも、もう少しやり方を考えた方がいいと提案する人もいる。

「人はジャッジされるのが嫌いだから、相手を批判してヴィーガンを勧めるのではなく、美味しいヴィーガン料理を勧めた方がいい」

 

ある整体師の方が言った言葉が印象的でした。

ベジタリアン界にも上下関係があって嫌だ。ハチミツを食べると批判される」と。

 

これは本当です。ヴィーガンの中にもランク付けが存在する。厳格なヴィーガンはハチミツは食べないので、ハチミツを食べる人は本当のヴィーガンではないと。でもここにこじつけのような反論もあって、花の酵素が入ってるからどうのこうのと・・正直こんな論争はどうでもいい。ヴィーガン同士で相手をジャッジする。どう考えても本末転倒のような気がしますよね。

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ラベンダーとミツバチ

  

私はいつも自問することがあります。もし自分が被災して、炊き出しで豚汁が出たらどうするのかなと。食べないのか、豚肉だけよけて残すのか、ボランティアの人がわざわざ作ってくれた豚汁を残すのか?それって人としてどうなのよと。

 

その整体師の方は「楽しい広がり方をすればいい、文化にしていけばいい」と言っていました。

 

私もそう思います。価値観を共にする人たちが共感し、その価値観が広がっていくのはうれしいけど、そうじゃない人たちを批判したり、線引きして付き合わないのは淋しいことだと思います。

 

そもそもヴィーガンとわざわざくくる必要もない。ここに登場した13人を見ても、個性豊かで一人ひとり違うんだから。

 

楽しい仲間で食事して、みんなが食べたいものを注文し、「じゃあ私はこのヴィーガンメニューで」と普通に言えるような環境に早くなればいいんだけど、「肉を提供するような店で食べる人は本当のヴィーガンじゃない」とか言う厳格な人もいるからね(*_*) 

 

カレンデュラのジュレのせてみました💛

最近インスタグラムでヴィーガン料理を見ると、本当に美しくて芸術的な、センスあふれる料理が出ていてびっくりしてしまいます。

 

フィトケミカルあふれる美味しそうなヴィーガン料理を見たら、野菜嫌いの人でもちょっと食べてみようかなという気になるかもしれませんね。

 

私はと言うと、毎日のご飯は素朴な素食、粗食・・・酵素玄米があればおかずはあんまりいらないです。たまに頑張ってミートローフもどきのキノコローフなども作るけど。

 

でも、スウィーツだけは必ず自分で作ります。買った物はマクロビクッキーでもやっぱり甘いんです。市販の和菓子もあんこが甘すぎて・・・自分で作ると甘さの調整ができるからいいですね。

 

今日はおからが余っていたので、抹茶おからケーキを作りました。いつもはその上にゆでた小豆をのせるだけなんですが、ちょっと思いついてカレンデュラマリーゴールド)を混ぜたジュレをのせてみました。

 

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1番下が抹茶おからケーキです。おから+米粉+ココナッツミルク+メープル

中央が煮小豆を水でゆるくして寒天を入れて煮たてたもの

上にのせたのが、水+オレンジの酵素シロップ+寒天+カレンデュラ

 

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上のジュレが分厚い~(#^^#) 
上品に薄くのばすつもりが、もったいなくて全部のせてしまいました。
頭の中ではもっとオシャレっぽいイメージだったんですが・・・

 

でも初めての試みにしては美味しかったですよ~
やっぱり創意工夫は大切ですね(^_-)-☆

 

とにかく小豆が好きなので、ケーキやパンに混ぜ込んだり、上にトッピングしたり、小豆甘酒を作ったり。豆乳にもよく入れるので、ゆでた小豆はいつも小分けにして冷凍してあります。ちなみに「あずきーの」という粉も常備😊

 

小豆は買うものだとばかり思っていたのですが、小豆をおうちの庭で作った方がいて、もうびっくりして本当に感動しました。しかも、無肥料・無農薬、水やりだけで❣あんまり素敵なので、勝手ではありますが紹介させていただきました。

zerowaste-gogo.hatenablog.com

自分で育てて収穫できたときの喜びはひとしおですよね。

 

うちの庭には今パセリやミニトマトがありますが、ちょっと庭から取ってきてサラダに入れたりするだけでなんだか幸せな気分。ほんの1、2ヶ月消費生活から離れただけで、完全にダウンシフトしたようです。パセリで心満たされるとは・・・

 

 

 

一度はじっくり考えてみたい " 牛乳神話 "

今日は牛乳についてのお話です。牛乳が大好きな方、酪農の仕事をされている方には不愉快な思いをさせてしまうかもしれません。

 

日本人はいつから牛乳を飲むようになったのでしょうか?

 

私は小学校の時から給食で毎日飲んでいました。その頃はとにかく牛乳は栄養の塊みたいに言われていました。

「牛乳を飲まないと大きくなれない」

「牛乳さえ飲んでいれば大丈夫」

親も子供もこんな言葉を信じていたと思います。だからそれほど牛乳が好きでなくても飲むのが当たり前、嫌いでもがんばって飲まなければならない、そんな風潮でした。

 

大人になって私はふと思ったのです。

「牛乳って本来牛の赤ちゃんのための飲み物じゃない?」

「どんな哺乳類だって、赤ちゃんのときしか母乳を飲まないはず」

「人間が他の動物の乳を飲むのは変じゃない?しかも大人が乳をなぜ?」

 

こんな疑問が湧いてきたら、なんだか牛乳を飲むことがすごく不自然なことのように感じて、飲むのをやめてしまいました。それでもヨーグルトやチーズなどは少し食べていましたが、だんだん体が受け付けなくなり、やめました。

 

私が子育てをしている時代も牛乳神話は続きましたが、最近は牛乳のカルシウムは吸収できず逆に骨粗鬆症を引き起こす、乳製品が乳癌やアトピーの原因等、牛乳神話が少しずつ崩れ始めています。

 

この本では、牛乳にまつわる10の神話を科学的データに基づき検証し、牛乳の是非について丁寧に解説しています。 

牛乳をめぐる10の神話

牛乳をめぐる10の神話

 

 

大変興味深かったのは、カナダで「大人は母乳を飲めるのか」という企画があったそうです。

 

ワインの試飲のように小さなプラスチックカップに入った母乳(母乳提供者からのもので殺菌済み)を著者も試飲したそうですが、「勇気が必要だった。母乳を飲むというのが気持ち悪かったことは認めたい」と述べています。

 

そして「味がとてつもなく濃い」「飲みなれている食料品店のミルクとは似ても似つかない」「ひどく甘い」そうです。

 

「三度に分けて飲みきるのがやっとだった。私は間違いなく乳離れしていた!」

 

赤ちゃんの時に飲んだ母乳の味を覚えている人はいないでしょう。大人になって母乳を飲む機会などありません。だから飲めと言われても気持ち悪いし、抵抗がある。当たり前のことです。だってとっくに乳離れしているのですから。

 

それなのになぜ牛乳は平気で飲めるのでしょうか。犬や猿のミルクは飲めと言われても不快感を感じて飲めないでしょう。

 

著者は「私たちの牛乳愛は後天的な学習」によるものだと述べています。つまりコップに入った牛乳を目の前に置かれても、栄養のある飲み物と認識し、牛の姿と結びつくことはない。もちろんそこに政治的、経済的な戦略があったことは自明です。給食システムに導入され、子供の頃から「飲むのが当然」と学習させられたのですから。

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日本では「スポック博士の育児書」は有名ですよね。その育児書によって牛乳の健康効果が広まりましたが、第7版以降スポック博士は「牛乳有害説」に方針を変えたそうです。ところが邦訳の最新版はなぜか第6版で止まっていて、それを「わざとかどうか知らないが」と述べたのは、翻訳家井上太一氏です。今日紹介させていただいた「牛乳をめぐる10の神話」を翻訳したのが、そう、あの井上太一氏なんです。

 

retoriro.hateblo.jp

でも、正直言えば「牛乳が人間の健康にとってよいのか、そうでないのか」は実はそれほど重要な問題だとは思いません。飲みたい人は飲めばいいし、飲みたくない人は飲まなければいい。

 

本当のポイントは2つしかありません。

・地球最大の環境破壊要因と言われる畜産・酪農業の環境負荷

・動物倫理・動物搾取の問題

 

「自然」の牛は1日に7㎏の乳を出す。「乳牛」は1日に27㎏の乳を出す。
「自然」の牛は20年の寿命をもつ。「乳牛」は4歳で屠殺される。

(乳牛は一般に4歳ぐらいで乳が出なくなり、役に立たなくなって屠殺所へ送られるそうです)

「自然」の子牛は6ヶ月~9ヶ月の間、母牛の乳を吸って自然に乳離れする。
「乳牛」の子牛は生まれてすぐに一頭用の檻に隔離される。母牛の乳は搾乳機に集められるもので、子牛のものではないから。

 

この隔離は母子双方にとって耐えがたい苦しみになるそうです。母牛は数日に渡って子牛を呼び続け、子牛は心身にストレスを受け免疫障害を起こし、競売にかけられる前に死ぬこともあるそうです。

 

今日は牛乳について考えてみました。こんな本が日本でも翻訳・出版されるとは、私の子供時代と比べて、世界は変わりつつあるんだなと感じました。 

 

 


 

 

十牛図で自分探し・・・逃げた牛はどこへ行った?

本棚の整理をしていたら、奥の方に見覚えのある、小さくて薄い本を見つけました。禅の十牛図をモチーフにした本です。ここに紛れていたのかぁ、懐かしい。処分する本と残す本を選り分けようとしているのに、手に取るたびにいちいち反応していてちっとも整理が進みません。

 

ご存知の方も多いと思いますが、十牛図は中国北宋時代の禅師である廓庵(かくあん)が創った禅の入門書です。牛飼いの少年がいなくなった牛を探しに旅に出て、牛を見つけて帰る過程が「禅の悟りに至る道」として描かれています。

 

それがいわゆる現代の「自分探しの旅」と妙にマッチするということで、自己啓発本などで取り上げられ、「牛は自我の象徴だ」「逃げた牛は無くしたアイデンティティ」などいろいろな解釈がされているようです。

 

私もちょうど仕事を辞めた頃にこの十牛図の物語に出会って、牛飼いなのに牛がいなくなって拠りどころがなくなった少年が、職業がなくて「私は○○です」と言えるものがなくなってしまった自分と重なり、すごく面白く読みました。

 

 

 

簡単に流れを書きますね。物語は10枚の丸い絵になっています。シンプルであればこそ、いろいろな深い解釈が可能なので、すごく面白いです。

 

①牛を探す
②牛の足跡を見つける
③牛を見つける
④牛をつかまえる
⑤牛を飼いならす
⑥牛に乗って家に帰る
⑦あるがままに生きる
⑧空白となる
⑨本源に戻る
⑩人の世に生きる

 

牛飼いの少年が逃げた牛を探しに旅に出て、牛を見つけて家に帰る。物語的には⑥で終わりなんですが、その後がなんとも深いんです。

 

⑦で「自分は初めから自分だった」と悟り、外に自分探しに出かける必要がなくなりました。迷いがなくなりリラックスします。牛は絵の中にいません。


⑧の絵にはなにもありません。空白です。自分も世界も「ただ存在しているだけ」そこに価値判断はありません。

 

⑨現実の世界、振り出しに戻ります。状況は①と何も変わらないのに、根本的に変化した自分がいます。

  

biz.trans-suite.jp

 

「自分探し」って結局今の自分に満足できないからするものですよね。「こんなはずじゃない」とか「もっと自分がすべきこと、自分を活かせる世界があるはずだ」とか。

 

でも結局自分は自分でしかないから、外に答えを見つけようとしてもダメで、なぜ「自分探し」をしたいと思っているのか、心の奥の奥、内側の世界をのぞく旅をしないといけない。

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十牛図がすごいなと思うのは⑨で終わらないところです。

 

⑩で街中に出るんですよね。人とつながる。かつての自分のように「自分探し」をしている人とつながろうとする。自己完結で終わらないところがすごいなぁ。

 

今の自分の状況で、「逃げた牛」は何かなと考えてみたら、やっぱりコロナによって突然奪われた「日常生活」になるのかな・・・と。

 

でも、よく考えてみたら以前の生活を無理に取り戻す必要はないのかも・・・。

 

「コロナの前はそんなによかったんですか?」という問いかけを最近あちこちでよく耳にしますが、確かにその通りだなと思います。

 

だから逃げた牛を求めることより、なぜかこのタイミングで本棚の奥からこの本が出てきて、久しぶりに牛飼いの少年の物語を思い出すことになった偶然を、存分に味わってみようと思います。

 

 

人に効く薬は魚にも効いてしまうらしい⁉

薬って具合が悪い時に飲むものですよね。もしどこも悪くないときに飲んでしまったらどうなるのでしょうか。しかも、魚が・・・

 

気になる記事を読みました。

 

オーストラリアのモナシュ大学の調査によると、世界中の河川や湖から600種類もの医薬品が検出され、生態系に負の影響が出ているそうです。

 

河川や湖から医薬品?
なぜそんなことが起こっているのでしょうか?

 

なんと私たちが日々排出する尿に問題があるようなのです。

 

 記事によると、体内にうまく吸収されない薬の成分が尿として排出され、それが下水処理を経ても浄化されずに池や川に流れ、水環境を汚染しているということです。

 

本当にびっくりしました。いつもデトックスデトックスで体から余分なものはすべて排出するのがいいと思っていましたが、きれいになるのは自分の体だけで、それが環境を汚しているなんて。大ショック!

 

もちろん尿だけでなく、未使用の薬がトイレや水道からそのまま流され、医薬品による水質汚染が起きているというのです。

 

プラスチックによる環境汚染がクローズアップされているので、プラスチックを削減しようという意識は個々人が少なからず持っていると思います。でもまさか自分の尿が水質汚染につながっているかもしれないなんて、考えたこともありませんでした。

 

ここで素朴な疑問・・・尿って汚いの?

 

だって尿療法は有名じゃないですか。腎臓で体内の不要物や老廃物を漉しているから完全に無菌だとか・・。海で遭難した時、自分の尿を飲んで生き延びた人の有名な話もあるし・・・。

 

尿療法は、数々の健康法の中でも安全・簡単・万能の三拍子そろっていて「尿療法が浸透したら医者の9割は仕事を失う」という話もあるそうな。

まあ、尿を飲むか、病院に行くかと聞かれたら、普通の人は病院に行くでしょうけどね💦

 

 調べてみたら、尿療法というのは「朝いちばんの自分の尿を飲む」というのが原則のようです。だから下水道から流れた尿による水質汚染というのはまた別の話で。

 

けっこう前ですが、一時環境ホルモンについてニュースでよく報道されていましたよね。オスの魚がメス化?中性化?しているというような話で、このままいくと繁殖しなくなり絶滅するおそれもあると聞いた記憶があります。

  

www.excite.co.jp

 

 モナシュ大学の調査で、オーストラリアの6つの川に棲む水生昆虫から69種の医薬品が検出され、さらにその水生昆虫を食すクモの体からも66種類の医薬品が検出されたそうです。

そうやって負の食物連鎖がすでに起こっているんですね。始まりは人間が捨てた薬や排出した尿だなんて、、、、知らないうちに大変なことになっているようです。

 

検出された医薬成分のうち最も多かったのが、抗うつ薬抗生物質、抗ヒスタミン薬、非ステロイド性抗炎症薬などだったそうですが、研究によると、これらを摂取した魚は繁殖しない、餌を取らない、外敵から逃げないなどの異常行動をするそうです。

 

人の薬は人以外にも効いてしまう⁉

 

 

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記事では「もし世界中の池や川が医薬品のスープのようになってしまっているのなら・・」と憂えています。

www.discoverychannel.jp

 

ところでウィキペディアによると、人糞を肥料として用いていたのは鎌倉時代の日本と言われ、人類史最古の有機栽培だそうです。ほんとかいな⁉ 戦後GHQが日本政府に人糞肥料の中止を命じたというから、ずいぶん長い間続いていたんですね。日本にはヒトの排泄物由来の生薬を使った治療法まであるそうです。

 

昔の生態系の環境はどうだったのでしょうか?少なくとも今よりうまく共存し、うまく循環していたのでしょうか?現代の方がずっとシステムや技術は進んでいるはずなのに、私たちの生活が変わったからか、これほどまでに水質汚染が深刻な状態とは。

 

尿だけでなく、私たちが何気なく塗っている虫よけや虫刺されなどの塗り薬や、湿布などの貼り薬もシャワーで皮膚から流れ落ち、医薬品による水質汚染につながっているそうです。そんなことを聞くと、かゆみ止めもおちおち塗れなくなりますね。もうすぐ蚊の季節なのに、どうしよう・・・。

 

 

虫食いでも可愛い庭のチェリー

子供たちがまだ小さい時、庭にチェリーの苗木を植えました。その前にリンゴを植えて虫にやられ、桃を植えても失敗し、3度目の正直であまり期待もせずに取り合えず植えてみたのです。

 

その木がいつの間にか大きく育って、10年ぐらい前から可愛いチェリーの実をつけるようになりました。

 

始めのうちはすごくちっちゃくて一応チェリーはチェリーだけど、お店で売っているものとはだいぶ違います。やっと実をつけるようになったのに、すでに大きくなっていた子供たちはさして喜ぶでもなく「すっぱい」「ちいさい」とあまり関心を見せてくれません。

 

植物は人間のことばを理解するという話を読んだことがあります。だから葉っぱや枝を切る時は「今から切るよ、ごめんね」と声掛けしたり、「きれいな花を咲かせてくれてありがとう」と感謝の気持ちを伝えると、ちゃんと伝わると。

 

子供たちの声が聞こえたのか、チェリーの実は年々甘くなり、大きくなりました。

 

いつもゴールデンウイークの頃が収穫時で、うれしいことに今年もいっぱい実をつけてくれました。

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鳥につつかれたり、カメムシに吸われたり、ナメクジに張り付かれたりしながらも、豊作💛

 

いつも自然との共生とか言ってるくせに、鳥が集団でやってくると気が気じゃなくて、そんなに食べるなーっと言いたくなるんですよね。かわいい鳥もいれば、鳴き声がキーキーとかわいくない鳥もいるんですよ~ カメムシやナメクジが張り付いているともう腹が立って(笑) 自然との共生、まだまだ修行が足りません。

 

大雨や暴風の時は全部落ちちゃうんじゃないかと心配でハラハラ・・・

 

チェリーって小さくて可愛いんですよね。なんか愛らしくて。だから採っている時はものすごく楽しいしありがたい気持ちなんだけど、そのあとの選り分けとタネ取り作業が・・・大変😢

 

けっこう食われてるじゃないか~~でも捨てるにはもったいないと葛藤しながら、一粒一粒選り分けて、タネを取ってはまた取って、3時間ぐらいかかったかな・・去年は途中で放り出してタネを取らずに冷凍してしまいました。

 

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米粉のクラフティを作ってみました。卵や生クリーム無しなので、ふわふわせずもちもちで食べ応えあり。クラフティというより " もちケーキ "

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こちらはリンゴジュースを寒天と葛粉で固めたゼリー。どちらもチェリーを上からめいっぱい載せただけの、芸のない超簡単レシピ。

 

残りはりんご酢に漬けたり、ジャムにしたり、冷凍したりとなんとかチェリーの作業が無事終わりました。

 

「季節のように生きる」

これは映画「日日是好日」のキャッチコピーです。

 

今年の春は自粛自粛の日々。いつ何が起こるか予想もできない世の中で、気持ちも移ろって行くけれど、毎年同じ時期に変わらず季節の家仕事ができる、これはすごくありがたいことなんだなとしみじみ感じました。

 

それにしても、人間にとって美味しいものは、鳥にもカメムシにもナメクジにもやっぱり美味しいんですね。

 

 

小豆と腎臓、クルミと脳、形が似ているものが治してくれる

中医学の同類相補

小豆と腎臓は形が似ている。だから小豆を食べると腎臓の働きを助けてくれる。

 

この話を初めて聞いた時、すごく感動したことを覚えています。ところがこれひとつではなかったんですよ~。

 

クルミと脳は形が似ている。殻が頭蓋骨、中身が脳の形。クルミにはポリフェノールやαリノレン酸が多く含まれ、集中力の向上や認知症予防によい。

 

うわぁ、すごくないですか? まだまだありますよ。

 

海藻と髪の毛は形が似ている。海藻に含まれるヨウ素が髪につやを与え、豊かにしてくれる。

 

トマトと心臓は形が似ている。(似ているかな?似ているのもあるかもね・・)トマトに含まれるリコピンの抗酸化作用が心臓の老化を防ぐ。

 

肝臓が悪い時は動物のレバーを食べるとよい。(これは似ているというよりそのままみたいですけどね💦)

 

他にはれんこんネギなど穴が開いた管状になっているものは気管や肺など呼吸器系によい。

 

形だけじゃなくて、色も似ている物を取るといいそうです。ビーツは「飲む輸血」と言われていますよね。私も生のビーツが手に入った時はジュースを作りますが、まな板まで真っ赤になってまさに血液のようです。

 

こんなふうに色や形が似ているものが、人間の体を補う効果があることを中医学では「同類相補」「相似の理論」と言うそうです。

 

そんな難しい言葉は知らなくても、昔から「おばあちゃんの知恵袋」的に、咳が出たら喉や胸にネギを貼ったり、れんこんをすりおろして飲んだりしましたよね。しませんでしたか?(#^^#)

 

日本にもこんな民間療法があるから、なんとなく中国や日本の話だと思っていたら、西洋ハーブにも同じような話があるんですよ!本当に驚きました(*_*)

象形薬能論 

エルダーフラワーは茎を切ると空洞になっていて、気管支の形状と似ているから呼吸器系によい。

 

パイルワートの花が肛門の形に似ているから、昔から「痔の草」と言われ痔の症状に効く。

(肛門の形?とびっくりして画像検索しましたが、イマイチピンときませんでしたが)

 

オオバコの花スネークヘッド(蛇の頭)と言われていて、蛇の頭の形に似ているから毒の吸出し能力が高い。

 

ジャーマンカモミールは花の中央の膨らんだ部分が盛り上がっていて子宮に似ているとされ、婦人系の病気によい。

 

おもしろくないですか?

 

ちなみに私の大好きなラズベリー卵巣や乳頭に形が似ているから、女性ホルモンに関する機能に効果があるそうです。

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極めつけはアイブライト」 

名前はeye bright で直訳すれば目が輝く?ですが、白い花びらの中に黄色の斑と赤紫の筋が浮かんでいる様子が、疲れて充血した目に似ているんだとか。それで大昔から、結膜炎、ものもらいなど目の炎症の治癒に用いられたんですって⁉

 

古代ギリシアでも目薬として処方された記録があったり、ヒポクラテスが「目にはアイブライト!」と記しているそうです。

 

イギリスの植物学の父カルペパーは「もしアイブライトがもっと利用されれば眼鏡屋の半分は倒産していただろう」と言ったそうな。フランスではこのアイブライトを「めがねの壊し屋」とも呼んでいるそうです。

 

植物ひとつを取ってみても、いろいろなエピソードが出てきて本当に面白いです。そんな大昔からある植物が今でも存在し続けていることがすごい❣こんなに環境汚染がすすみ土壌が変わってしまっているのにね。

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16世紀にスイス生まれの医師パラケルスス

「神はあらゆるハーブの姿かたちに、その作用と効果を表すヒントを標し与えた」と言ったそうです。

 

私たち人間が植物を見て、その薬用効果を理解できるように、神様が形を似せてヒントをくれたということなんですよ。これを「象形薬能論」と言うそうです。

 

これを非科学的、ナンセンスと切り捨ててしまうことは簡単ですが、なんせ紀元前から薬草についての記述は世界中であるんですから、信じたほうがロマンティックだと思いませんか?

 

しかも中医学と西洋の自然療法で、言葉は違えど同じような考え方がある。これはもう偶然ではなく真理じゃないかと私は思うのです。 

 

神様と言ってしまうとイメージが先行して抵抗があるかもしれませんが、大いなる自然からのギフトと受け取ったらすごくありがたい話だし、身近な薬草のなかに自分の体と似ているものを探すのは、宝探しのようでなんだかわくわくしませんか?

 

 

 

このやりきれなさを誰かに伝えたくて

世界中で始まったようですね。コロナワクチンの開発。

 

www.newsweekjapan.jp

 

www.afpbb.com

 

日本でも吉村知事がコロナ予防ワクチンについて「オール大阪で進めている」「ワクチン自体は動物に打っている状態」と語っています。決断力・発信力がある知事で一生懸命さが伝わってきました。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

きれい事をいうつもりはありません。亡くなった方も大勢いるので。世界中で今ワクチン開発が待たれているのだと思います。

 

ただ、もうなんともやりきれない気持ちになってしまったんですよね・・・

 

この世の中のしくみというか、現実というか、

 

家の中でのんびりしているくせに、ただ感傷的なことを言ってもしょうがないとわかってはいるのですが・・・

 

(マイナスエネルギーを発信してしまいました。どうぞスルーしてください)

 

でもね、もしかしたら私と同じようなやりきれなさを感じている方も、きっと、必ずいらっしゃるんじゃないかなと思って書きました。