「海外で有名な日本料理は?」と検索してみたら、AIによる概要として、寿司、ラーメン、焼き鳥と出てきた。次いで、すき焼き、カレーなども人気だそうだ。なぜそんな検索をしたかというと、意外な本の中に「貧乏人のすきやき」というレシピを見つけたからだ。
それは「修道院の台所から」というベジタリアン料理の本で、しかも1976年に書かれた古い本なのだ。そんなところにまさか日本の「すきやき」が登場するとは思いもよらなかったので驚いた。どうして「貧乏人の」なのかな、もしかして肉が入らないから?

社会学者である著者のエリーズ・ボウルディング氏は、修道院を訪れた時に「修道院には調理場があって、修道士たちは自分たちで料理をつくらなければならない」ということに驚いたという。中世の修道院で行われていたことが、20世紀の調理場でも続けられているとは全く知らなかったそうだ。
そして修道院で供された「おいしくて、しかも簡素な食事に心を打たれ」、さらに「修道院に行けなくても、台所を通して修道院の平和を心の中に呼び起こしたい」と感じている人々のために、この本を世に出したいと思ったそうだ。
様々な協力者と共に、北アメリカ、フランス、イタリアの各修道院からレシピを集め、実際に調理テストまで行い、また修道院精神を反映するような引用文を探して、「食のアンソロジー」とした。
この本の魅力はレシピだけでなく、料理にちなんだ古代版画、詩篇、箴言、散文詩などをたっぷり味わえることだ。皮肉あり、ユーモアありで、実に楽しい。
・「心安らかに食べたパンの皮は、不安な気もちで食べた宴の料理よりはるかにまさる」(イソップ物語)
・「人間の胃は、その人の内なる環境である」(サミュエル・バトラー)
・「腹いっぱいのときには、いとも容易に断食の話ができる」(聖ヒエロニムス)
絵や写真もそれはそれは素敵なのだが、中身までご紹介できなくて残念だ。
さて、この本には修道院の台所で作られる105のレシピが、春夏秋冬に分けて掲載されている。「貧乏人のすきやき」は秋のレシピとして登場するのだか、全レシピの中で「豆腐」「醤油」が出てくるのはこれだけなので、かなり異色の料理だとわかる。
おそらく海外でも「すきやき」はそのまま "SUKIYAKI" という名で認識されているのだろう。それにしても、まさか修道院にまで知られているなんて驚いた。
できるだけ、レシピに沿って作ってみようと思う。
材料は、長ネギ・生マッシュルーム・ほうれん草・豆腐
調味料は、料理用シェリー(または甘口ワイン)・醤油・砂糖・油
他の野菜でもいいと書いてあるけど、春菊とかえのきだけとか入れたくなっちゃうので、材料はあえてレシピ通りの4つだけにした。豆腐も焼き豆腐じゃなくて普通の木綿で。
作り方は、①「ネギを油で炒める」とあるので、その通りに。

②「シェリー酒と醤油を加え、さっとかきまぜてほうれん草とマッシュルームを加える」
③「好みで砂糖を加えて3~4分煮る」
ここで疑問。水は入れないのか?濃すぎない?割り下って、醤油・みりん(酒)・水を同量にして、そこに砂糖を加えるんじゃなかったかな。どうみても濃いので水を少し加えてみた。
④火から下ろして、豆腐を入れる。
またびっくり。豆腐は煮ないのか? うーん、冷たい豆腐はなんか違う気がして、中途半端にちょっと煮てしまった。

率直に言って、もっと具材がほしいところだ。自分的には白滝とか、お麩とか入れたかったなぁ。でも、この控えめでちょっと物足りない感じが「貧乏人のすきやき」の妙なのかも。
最後にまたびっくり。「ご飯の上にかけて熱いうちにどうぞ」とあった。「ご飯の上にかけて」って、「すきやき丼」みたいにするってこと? そんなふうに食べたことなかったけど、取り合えずやってみた。4つの具材を全部のせて、おまけに七味もふっちゃった。

結論から言うと、ご飯にタレが染みてすごく美味しかったです! 椎茸じゃなくてマッシュルームもイケる。具材4つだけのシンプルなすきやき丼をモリモリ食べて幸せ気分。修道院でこんなふうに日本のすきやきが食べられているなんて、素敵だなと思った。「貧乏人のすきやき」すごく気に入った。
この本によると修道士たちは「終生貧窮の生活をつづけるという誓願を立てている」そうだが、肉なしのすきやきはやはり本家本元の「すきやき」とは違う物になってしまうので、あえて「貧乏人の」とユーモアを交えて名付けたのだろうか。
著者が心打たれたという修道院の食事は「スーパーマーケットの屑もの入れから、不用の食品をえらび出し、社会ののこりものを愛情をもって食用に供する」という倹約の才能に支えられているという。簡素と言えば美徳に聞こえるが、修道院の台所ではしばしば苛酷な現実もあると書かれていた。
それでも私はこの本からとても豊かな世界を感じる。受け継がれてきた手作りのレシピ、語り継がれてきた言葉、植物や動物の絵、人間たちの暮らしのイラスト等、すべてがとてもあたたかいのだ。裏表紙を見てもなんだかほっとする。

この「修道院の台所から」は1980年に大型本が刊行され、その後1985年にコンパクト版が出版された。私が持っているのは小さい方の本だ。わずかB6サイズの中に、こころ豊かな世界が息づいている。訳者の言葉を借りれば「料理のくだりを辿りながら、しらずしらず、ゆたかな詩情に包まれてしまう」のだ。そんな潤いに満ちたこの本は私の宝物の1冊になっている。